抗菌薬適正使用
「風邪に抗生剤はきかない」
しきりにこの言葉が強調されている。しかし、医者の中には、患者さんの中にも、風邪のときに抗生剤を飲んだらよくなったと主張する人も多いことだろう。このギャップが事態を難しくしている。効く一番の理由は、風邪だと言っているものが実は風邪ではないことも多く、だから効いてしまうのだ。
具体的な例を書いていく。風邪そのものはウイルスによる感染だ。ウイルスに抗生剤は効かないから、抗生剤をだしてもきかない。インフルエンザのとき、抗生剤をだされることはない。これは医者も、患者も納得してもらえることだろう。迅速検査でインフルエンザ陽性反応がでたときには、抗生剤をだしてくれとは言われない。双方が抗生剤が不要なことを納得しているからだ。ではなんで、他のウイルスによる風邪の場合には、抗生剤がほしいというのだろうか。
実は、風邪のようで風邪でない病気がいっぱいあるからだ。耳鼻科の範囲でいえば、急性中耳炎、急性副鼻腔炎、急性扁桃炎、急性喉頭蓋炎、急性上咽頭炎、溶連菌感染症など。ウイルス感染をきっかけに細菌感染が二次的に起こっていることがある。このような場合には、そこにあげたような病気になる。こうすると細菌感染なので、抗生剤がよく効くのだ。
一番の問題は、患者のほうも、医者のほうもその区別がつかないところにある。「のどが痛いから風邪をひいたようです」と受診してくる患者が、実は上記疾患だったりすることは多い。ウイルスの感染なのか、それとも他の細菌感染なのか、これらの区別は難しい。区別するためには、しっかりした診察が必要になる。耳鼻科の範囲でいえば、鼻の中、のどの奥をファイバーでみたりする。それらの観察により細菌の感染が認められなくて、「風邪ですね」という判断ができるのだ。多くの医者の場合には、区別ができないから、とりあえず抗生剤をだしておけということになるのだ。
ただし、今日からのどが痛くて、鼻水もでます。このような場合には、風邪の可能性が極めて高い。随伴症状と、いつから症状がでてきたかで判断すればいい。もちろん、細菌感染は絶対にないとは言い切れないが、それは臨床医の経験とカンで補えることだろう。
主な症状が長引く場合には、細菌感染も疑ったほうがいい。たとえば、風邪のあと鼻汁が1か月も続いていますというようなケースである。風邪だったら1か月も続かない。続くということは単純なウイルス感染ではなく、それに細菌感染が合併していることが多いのだ。よく鼻の中をみてみれば、細菌感染の根拠がみつかる。こうしたときには、抗生剤が必須になる。この場合は、あくまでも風邪ではなく、風邪からくる別の細菌感染症になっている。だから、抗生剤が効くという論理である。
厚労省は、「抗菌薬適正使用」という言葉を口をすっぱくしていいはじめた。耐性菌(抗生剤のきかない菌)を減らすために、抗生剤を適正に使えということである。この呪文が医師にも誤解されていて、「風邪に抗生剤を使うな」と言っていると思われてしまっているのだ。あくまでも「使うな」ではなく、「適正に使え」なのだ。不要なら使うな、必要なら使え。どのようなときに抗生剤を使い、またどのような種類の抗生剤を使うかを適正に判断しろという意味である。
ところが、風邪と細菌感染の区別がつかなかった医師たちは、今までは風邪の患者すべてに抗生剤を使ってきた。今後は、風邪の患者すべてに抗生剤を使わなくなるだろう。本当に大切なのは抗生剤が不要な風邪なのか、必要な他の細菌感染なのかを見抜くことである。区別ができないから抗生剤を使いまくっているのだから、そのような医師たちは、「使う」か「使わない」か、どちらかの選択しかできないのであろう。
インフルエンザのように、検査で陽性になれば抗生剤を使わないと簡単に判断できればいいのだ。検査方法がある場合はいいのだが、そうでない場合には、診察の重点をおくしかない。まずは風邪だと受診する患者さんが、本当に風邪なのかどうかを見抜く力量が医師に求められる。そこの部分が弱いことが一番の問題なのだ。