メニュー

妊娠時の薬

[2018.12.05]

医学生のころだった。病理学の授業で、「示説」というのがあった。病気でなくなった人の病理解剖結果をもとに、その人がどのような病気で亡くなったかを推理し、発表をするのだ。グループでとりくむために、学生たちでいろいろ議論する。当然ながらすぐに理由がわからないような複雑なケースがあてられる。人間の病気というのは、いかに複雑であるかを思い知らされた。そもそも、病気というのは一つではないのだ。亡くなるような人であるから、さまざまなところに問題が見つかる。そのどれが死因になったのかの判別も難しい。

自分らのあてられたのは、赤ん坊であった。生後まもなく死亡してしまったのだ。病理解剖の結果や、カルテ(本質的なところは隠されている。すぐに病気がわかってしまうから。)をもとに、推理をくわえていく。考えてみると、このトレーニングは普段の診察のときにやっていることとまったく同じなのだ。臨床医としてすぐれたトレーニングかもしれない。

今はもうあまり記憶にのこってはいないが、呼吸不全でなくなった赤ん坊である。たしか、ARDSという呼吸障害だったように思う。それにもう一つ、いくつかの心臓奇形が合併していた。心臓が悪くて(動脈管開存といくつかの障害があった)、呼吸不全になったのであろう。これが回答だ。

母親のカルテを見ていて、学生のうちの誰かが気づいた。母親がさまざまな薬を飲んでいる。「てんかんの治療をしている」。てんかんの治療には、胎児に奇形をもたらす薬が多い。通常であれば、てんかんの薬をやめられない以上は、妊娠をしないようにと医者に指導されているに違いない。それぐらい危険な薬だからだ。薬の副作用による心臓奇形。それが生後まもなくなくなった赤ん坊の死因であろう。

赤ん坊のどこが障害されているのか。それを病理解剖の結果や数多くの検査データより推測する。グループとしては、正解にたどり着けたのであろう。

しかし、この子を産んだ母親の気持ちを想像してしまった。きっと医者には一生、妊娠できないことは言われていたのであろう。どうしても子供を産みたいと医者の助言を無視したのか、たまたまできてしまったのかはわからない。しかし、この子が生まれることを、きっと楽しみに待ち望んでいたに違いない。その結果、生まれて間もなく亡くなってしまった。母親は一時的にでも希望をもっていただけに、どれだけどん底に落とされたことだろうか。もちろん、母親の主治医はそこまでよめていたのであろう。

ロキソニンなどの解熱鎮痛剤は、妊娠の終わりには飲んではいけない薬である。動脈管開存という心奇形を引き起こす。学生時代のこの実習で、動脈管開存が残ったベビーの症例をみてから、そのことが今も頭にこびりついている。出産間際に解熱鎮痛剤を飲んではいけませんよ。いつも妊婦に注意するのは、このときのことがあったからだ。

▲ ページのトップに戻る

Close

HOME