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LEDライト

[2018.12.05]

今はどこにでもあるLED。日常の生活をこっそりかえてしまったかもしれない。

このLEDを最初に作ったのが、西澤潤一元東北大学長だと言われている。ちょうど自分が学生のころに、東北大の学長をしていた。

それまでは豆電球のように暗いライトしかなかった。僕の子供のころの、クリスマスツリーのライトの飾りはみんな豆電球であった。暗い、すぐに切れる。豆電球の一番の欠点はすぐに切れてしまうことだ。そのたびに、電球交換が必要になる。

西澤潤一氏がこのLED(黄と緑)を開発し、それを自分の所属する東北大の研究所の脇の木に電飾を行った。僕が学生のころ、この光明るいツリーが評判になり、東北大の裏は、デートスポットになり、夜になると見に来る人たちがたくさんいた。やがてLEDライトが本格的に広がり、仙台街中のケヤキの木に、クリスマスツリーのように飾り付けを行い、仙台市のお祭りにしてしまったのが、仙台光のページェントという師走の恒例行事である。今やこの時期のクリスマスツリーの飾りつけは、全国どこでも見られるようになった。そのはじまりは、仙台の西澤潤一さんであったことはあまり知られていない。

信号機はほとんどLEDライトに交換され、電球切れがなくなり、遠くからもよく見えるようになり、また節電にもなった。青色LEDを作り出した功績でノーベル賞を受賞した中村修二氏。彼がすごかったのは、今まであった緑と黄色のLEDに加えて、青のLEDを作り出したこと。それまでは作るのは不可能だと言われていたからだ。青ができたことで、青、黄、緑の三原色がすべてできあがった。この三色があれば、すべての色は作りだせるのだ。これがテレビやモニターなどにどんどん使われて、LEDの利用範囲ははるかにひろがった。

西澤潤一氏は、光ファイバーも発明にもかかわっている。光による通信に非常に貢献した人だ。仙台にいくと、東北大の研究所に「光通信発祥の地」というような標識もある。数々の画期的な発明をした人で、日本のエジソンのような人なのだ。昔は毎年ノーベル賞の候補になっていたが、ノーベル賞が基礎的な研究がメインで受賞が決まるところが、応用面での実績が中心であった西澤氏にはかなり不利だったことだろう。

今年10月、西澤氏がなくなったというニュースが流れてきた。年の暮れ、全国に広まったLEDによるクリスマスツリーの装飾をみるたびに、西澤氏の業績を思い出す。

 

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