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死ぬときぐらいは好きにさせてよ

[2018.09.17]

宝島社の宣伝広告コピー「死ぬときぐらいは好きにさせてよ」という言葉が、抜きん出ている。モデルにつかわれたのが、先日お亡くなりになった樹木希林さん。オフィーリアの名画をまねて川の上に横たわり、今にも死んでいくかもという状態である。

樹木希林さんは、すでにこのとき、全身がんだと公表していた。一年前に、樹木希林さんの死生観を、朝日新聞のAREAで取り上げていた。このとき、僕は「死ぬときぐらいは好きにさせてよ」というコピーをはじめて知った。実はこのとき、アエラの記事を元に、簡単な批評記事を書いている。パソコンの中にそのときの記事が残っていたので、一部抜粋し、紹介したい。

大特集は樹木希林さん(74歳)のインタビュー記事。「老いも死も面白い」キャッチコピーが表紙をかざる。人が老いていくことはネガティブであり、死んでいくことは人生最大の不幸であろう。多くの読者がそう思っているはずだ。それを一言で、「面白い」と表現するコピーには、目が釘付けになる。

 全身がんに侵されていると告白した俳優希林さんが語る。「面白がらなきゃ、やってけない。」これが本音なのであろう。いつ死ぬかわからない中で、残り少ない人生を楽しもうとしている。希林さんの逆説的なインタビューだけでこの雑誌を読んでよかったと思える。老後に不安な読者であれば、この記事できっと救われるに違いない。不安がふっとぶはずだ。

死んでいくことはネガティブにとらえられる。周囲が勝手に悲しみに落とし込まれる。当の本人がなんとも思っていなかったとしてもだ。人生も半分もすぎれば、それほど生への執着はない。これは若い頃には絶対に思わなかった。絶対に死にたくないと思っていたのだから。

あくまでも死ぬのは本人だ。「私が死を受け入れているのに、何を右往左往しているの。」「死ぬときぐらいは好きにさせてよ。」そう言いながら、周囲の狼狽を最期まで楽しんでいたのかもしれない。

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