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院長ブログ

暮しの手帖(2018.09.01更新)

一昨日、このブログを読んているという患者さんから、自筆の本をいただいた。NHK朝の連ドラ「とと姉ちゃん」でとりあげられた「暮しの手帖」という雑誌の編集部の話である。とと姉ちゃんは最初から最後までテレビで見ていたので、特異な編集長花森安治さんと、時代の流れにうまくのっていったその雑誌のエピソードはよく知ってはいた。あらためて、この本でその詳細を学ばせてもらった。

暮らしの手帖は、一切広告をとらなかった。広告をとることで、スポンサーの顔色をうかがうことになる。資金的に苦しくても絶対に広告をとらないということを貫きとおした。これが、ジャーナリストの意地であろう。スポンサーの顔色をうかがっていたのでは、真実を書くことはできない。それではジャーナリストとしての資格はない。今の新聞、テレビなどなどが、スポンサーのほうしかむいていない現状を考えると、もはやジャーナリストとも言えまい。スポンサーの宣伝媒体である。昔の暮しの手帖編集部には、ジャーナリストとしての意地があったのだが、いつジャーナリストは自分の魂を売り飛ばしてしまったのだろうか。

医者も同じかもしれない。製薬会社の顔色をうかがいながら、診療している人がいかにおおいことか。いや、顔色をうかがうのではなく、操られていることすら気づかない医者がいかに多いことかと言うべきか。

僕自身、ブログなどでさまざまな発信はしているが、ジャーナリストのような大そうなものではない。ただ、自分が思うことを、そのままここで書いている。製薬会社や、さまざまな団体に忖度したことは書きたくない。それは医者としての意地である。一市民のために暮しの手帖を作り続けた花森安治さんの心意気を引き継ぎたいものだ。

もし自分が医者になっていなかったら、今なら本の制作にかかわりたかったと思う。1人の人が描き上げるような小説のようなものではなく、いろいろな情報をのせられる雑誌のようなものが作りたい。

夏休みの宿題(2018.09.01更新)

今の子供たちは、夏休みの宿題を仕上げるのに、家族ぐるみになると言うのを聞いてびっくりしたのを覚えている。僕の場合は、すべての宿題を一人でやっていたからだ。誰にも手伝ってもらったことはない。なにもそれを自慢しているわけでもなく、宿題というものは自分でやるものだと思っていたし、親に頼むなどという発想はまったくなかったからだ。

算数ドリルや漢字練習帳のたぐいは得意であったから、夏休みに入っての2~3日でほとんどすべて終わらせてしまう。最初の数日で全宿題の8割はかたずけてしまう。

そのあとは、一切宿題をやらないで、夏休みを遊びまくると決めていた。残りの宿題は自分の嫌いなものだ。だいたいが、日記と夏の工作、絵のたぐい。この宿題をやらなければと思うと、夏休みがつまらなくなってしまうので、夏休みの残り3日で仕上げると決める。そこまでは一切手をつけない。期限があれば一気に片付く。デッドラインが近づくまでは一切手をつけないことに毎年決めていた。

日記などは、次々と物語を作りだす。40日以上の間、その日常を創作し続けるのはとても大変であった。

しかし、もっと大変だったのは夏の工作である。友人などは市販の工作キットをかって、それをプラモデルかのように作ってもってきていた。僕は納得いかないので、最初から最後まで自分で作る。本箱などを木の板からノコギリで切ってつくりあげたが、どうにも出来は悪くて、点数はよかったことはないように思う。実家は、材木商であり、家の中には電動ノコギリでも、プロの大工が多数在籍していたが、一度も頼んだことはなかった。お願いしれば、プロレベルのものをいとも簡単に仕上げてはもらえたと思うが、それは卑怯だと思っていたからだろう。

防火運動のポスターが宿題の時もあった。この時はどうしてもアイデアがでなくて、徹夜をしてしまった。アイデアがかたまったころには、朝も5時ぐらいになっていた。そこから一気に絵の具でポスターを描いた。乾かないのでドライヤーも使ったが、それでも提出するときには反渇きの状態だった。生徒が書いたポスターをコンテストにだすとかで、「〇〇賞」というなんかの賞をもらった。アイデアがでなくて、苦し紛れのポスターだったのだが、結果はよかった。締めきりに追われる小説家や漫画家の気持ちがとてもよくわかった。

宿題というものは、意味のない、無駄なものだとずっと思っていたが、強制されなければ絶対に自分の嫌いなこと、苦手なことはやる機会がないと思う。

今の性格もまさしくこのときのままで、「締め切りのない仕事はしない。」といつも公言している。締めきりに追われないといやな仕事はしたくないのだ。だから、締め切り前に余裕をもって提出したという記憶はほとんどない。締め切りから逆算して仕事にとりかかる日を決めるからだ。しかし、必ず締め切りは守る。締め切りにまにあわなかったことも一度もない。夏休みの宿題で鍛えられたのかもしれない。

 

診療科の違いなんて、そもそもあってはならない(2018.09.01更新)

医者の資格は、オールマイティである。専門分野の診療科は本当に多岐にわたるが、医者の資格一つでほとんどのことは実行できる。堕胎や麻酔など、さらに専門的な資格がないとできないこともあるにはあるが、医者の気持ち次第でほとんどの科の診療はできるのだ。

僕自身、医者になってから耳鼻科医としてずっと診療してきた。耳鼻科医以外で働いたことは一度もない。しかし、耳鼻科医はこういうものだという制限を、耳鼻科医自身が設けてしまうのはどうなのだろうかと常に思い続けている。

たとえば、呼吸が苦しそうにしていれば、聴診器で胸の音を聞くのは、医療の基本である。耳鼻科医はこれをしない。僕らは医学生のころ、そのようなときには胸の音を聴診しろと言われて育てられた。医者としての当たり前の姿勢である。ところが耳鼻科医になったとたんに、聴診はしないのが当然だという雰囲気にのまれる。別に上の指導医がそのような発言をしたわけではない。しかし、指導医自身が行わないので、そのようなものだと聴診をしないスタイルをまねるようになる。冷静に考えてみれば、これでは病気を見逃すだろう。それでいいと考えている耳鼻科医が不思議なのだが、耳鼻科医は誰もそれを指摘しない。

内科の医師の場合も同じだ。風邪で鼻水がでているのに、鼻の中を覗こうとはしない。鼻の中に病気のヒントがたくさんあるのに、それを見もしないで、診断しようとする。鼻汁がでると言うのに、鼻を見もしないで、聴診で診断するというのもおかしな話である。悪いところをみて診断するというのが、当たり前だと思うのだが。内科医は鼻の中を見ないというスタイルでずっときているために、それに疑問に思わないのであろう。

耳鼻科医だから、内科医だから。そのような制限があるのがおかしいのだ。分業制の大病院はともかくとして、クリニックというところはそこに来た患者を的確に診断し、治療する義務を生じる。これは内科の病気だからとか、耳鼻科の病衣だからというような言い訳をするべきではいと思っている。もちろん、技術の高低があるのはしかたない。しかし、その患者の治療には、今できる最善の方策をとるべきであろう。

先日ある患者から言われた。「耳鼻科に来たのに、採血検査や、胸のレントゲン写真をとるなど、内科のようなことばかりしている。」と。患者の診断に耳鼻科医ならこうする、内科医ならこうするという概念が好ましくない。今目の前の患者を診断するのに、一番必要なのが何かを考えて、みていくべきだとおもっているから、そのようなやり方になるのだ。

立ち上がったらめまいがするという患者が来た。これもまず考えなければならないのは、起立性低血圧である。シェロングテストなどでの血圧測定が重要である。これが耳鼻科にくると、「耳が原因のめまいである。」と決めつける耳鼻科医も多い。患者は耳鼻科に来る段階で、耳からくるめまいに違いないと思ってきているので、それにあわせた診断をするのが、一番納得させやすいのだ。僕の場合はまず、これは本当に耳によるめまいだろうかと疑うところから入っていく。症状をきいて、一番考えられる原因はなんだろうかと考えるため、耳鼻科の病気以外の診断をすることも多い。

患者におこっている病気は一つである。どこの科にみてもらったらいいかがわからないので、たまたま耳鼻咽喉科を選択しただけであろう。必ずしも耳鼻科の病気とは限らない。何科の病気であろうが、自院にくる患者はすべて診断し、治療をしたいと思う。もちろん、自分で診断、治療ができない場合には、その人にあった専門の診療科に紹介し、道筋をたててあげる。

医者の資格は一つ。自分のクリニックにくる患者はすべて自分で対応したいと思う。

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