胸部レントゲンをとらない医者
咳がとまらないと、当院を受診する患者が多い。それまでの経過をみていると、ほとんど共通している。風邪と言われて、抗生剤がでている。そして咳止めばかり出し続ける。だいたい、こんなものだ。
咳が1か月とまらず、ずっと内科に通院していたという患者がいた。レントゲンは撮ったのですかと聞くと、「一度もとっていない。」というのに驚かされる。もちろん、レントゲンで異常がみつかる可能性は低いとは思う。しかし、少し前の内科医であれば必ず胸のレントゲンはとったであろう。学生時代にひどい風邪をひいたとき、かかった内科の医師はレントゲンをとった。それが内科医として当たり前だと思っていたのであろう。
耳鼻科であると、胸のレントゲンを持っているところは少ない。鼻のレントゲンはとれても、胸は撮れないというところが圧倒的であろう。このような事情があるから、耳鼻科でレントゲンをとらないというのはあまり疑問に思わないが、内科でも撮らない医師がおおいのがどうも気になる。ある特定の医師だけではなく、多くの医師がとらないのだ。「レントゲンを撮りましたが、異常はないと言われました。」と言う患者も中にはいるが、このような場合、多くが内科の開業医ではなく、病院の内科でのレントゲンなのだ。
僕自身は内科の医者ではないから、レントゲンをとらない心理はわからない。自院にレントゲンをもっており、撮ったら収入にもなるのだから、撮らない理由がよくわからない。単に面倒くさいだけなのかもしれないが、咳の原因を見抜くためには、レントゲンは絶対に必要だと思うのだが。
実は僕自身、若いころは胸のレントゲンは撮らないし、聴診もしない医師だった。これが典型的な耳鼻科医の姿なのだ。胸は耳鼻科の範囲ではないという理由で、若いころからそこを見るトレーニングは受けないままに経験を積む。多くの耳鼻科医がそうなのだ。
病院部長時代、自分のもとに若い医師が入ってきた。その医師は自分と違い、内科を中心に研修してきて耳鼻科医に転身したのをきっかけに自分の下に派遣されてきたのだ。この医師がよく胸のレントゲンをとる。そして、この患者さんは肺炎を起こしていますねと、逆に僕が教わることも多かった。この若い医師を目の前にして、上司である自分が恥ずかしくなった。このころから、徐々に咳の人には聴診をするようになっていった。開業してからは、胸のレントゲンも撮るようになった。耳鼻科医の常識は胸のレントゲンはとらない聴診はしないなのだが、医者として常識からはずれている。